INICIAR SESIÓNカリナの格闘術の奇妙な一撃で怯んだ悪魔侯爵イペス・ヘッジナだったが、すぐさま体勢を立て直し、身体からどす黒い炎を撒き散らしながらカリナへと突進して来た。
「おのれ、小娘がっ!」
振るった大鎌が空を斬り裂く轟音を上げる。カリナは大振りな悪魔の攻撃に意識を集中させ、
カリナは召喚術が実装されるまでは基本的に剣術と格闘術を中心に熟練度を上げていた。そこへ剣技の威力を上げるために魔法を習得した。魔法剣の習得は魔力の底上げとなった。それの副次効果で、魔力を帯びた特殊な格闘術の技能も全般的に威力を向上させることに成功したのである。
「がはっ、何だ……? この威力は?!」
「だから言っただろう。小突いただけだとな」
「小癪なっ!」
イペスが力任せに大鎌を横薙ぎにする。カリナは瞬歩を使用して紙一重で躱す。そのまま一気に巨体の股の下を潜り抜けて後ろを取ると、背後から風の魔力を纏った左脚での回し蹴りを見舞った。格闘術、
「がああっ!」
竜巻の如き強烈な蹴りに悪魔は仰け反るが、すぐさま持ち直し、黒炎を撒き散らしながら突進して来る。
イペスの攻撃は大振りで読み易いということを既にカリナは見抜いている。しかし、それでもその巨体から繰り出される攻撃は異常な破壊力を秘めており、一撃でもまともに喰らえばかなりのダメージを負うだろう。最悪骨の数本は持っていかれる。一撃も貰うわけにはいかない。スレスレで回避する度に神経が擦り減っていく。
「があああっ!」
上段から大鎌を振り被った渾身の一撃。カリナは敢えて前方に踏み込み、懐に入るようにして躱す。そのまま空振りをして地面を砕いた大鎌の柄を足場にし、硬直状態の悪魔の身体を駆け上がると、眼前で左拳を振り被る。
「格闘術、
ドゴオオオオオオッ!!!
炎の魔力を纏った高熱の拳が炸裂すると同時に頭全体を巻き込んで爆発した。衝撃で痺れる拳の代わりに、悪魔はたたらを踏んで後方へと後退る。
「ぐはあああああっ!」
それでもまだこの悪魔侯爵は倒れない。やはり高位の悪魔だけあって相当に打たれ強く頑強である。
「くくく、少しはやるようだが、効かぬ! この我の肉体にはな!」
更に黒炎を体から噴き出して、悪魔が吠える。覚悟していたことだが、硬い。さすがは侯爵レベルの悪魔である。カリナの渾身の一撃もそこまでの致命的なダメージにはなっていない。
「ちょこまかと小賢しいが、疲れてその動きができなくなったときが貴様の最期よ」
「ふう……、やはり高位の悪魔とでも言うべきか……。そこまで効いていないみたいだな。ならば、此方もギアを上げさせてもらおう」
カリナが目を閉じて集中する。再び開眼すると同時に美しかった碧眼が夕焼けの如く真紅に染まる。
「な、何だあの力は? あの嬢ちゃんはまだ本気じゃなかったっていうのか……?」
「なんつー闘気に魔力の渦だ……。あんなの近づくことすらできやしねぇぞ」
アベルにロックは、カリナが更に一段階力を解放したことを感じ取り驚愕した。 セレナとエリアは、ヤコフの両親の呼吸が落ち着いて来たので、二人を階段の上に寝かせたままカリナと悪魔の戦いに目を奪われていた。
「これまでとは雰囲気が変わりましたね……」
「ええ、更に底知れない力を感じるわ……」
「頑張って、カリナお姉ちゃん」
シルバーウイングの面々とヤコフは階段の影から固唾を呑んで、更に力を解放したカリナの姿を目で追っていた。
「ぬうううっ、おのれ! 人間風情があああっ!!!」
これまでより一段と苛烈な黒炎を噴き出しながら、悪魔が叫ぶ。その黒炎が竜巻となってカリナに向かって吹き荒れる。防御か回避しなければ、その高熱により致命的なダメージを負う危険がある。
「格闘術、
両拳を握って体の前方で交差させると、カリナの両拳に局所的な暴風が渦巻いた。襲い来る黒炎をその風で弾き飛ばしながら、地面を蹴って前進する。そしてイペスが薙ぎ払おうと右へ振り被った大鎌の内側へと入り込むと、その持ち手を暴風を纏った左手でガィンと受け止めた。そのまま跳躍し、悪魔の眼前へと飛び出す。カリナ自らが纏う吹き荒れる嵐に紫のミニスカートがふわりと舞った。そして残った右手の拳を悪魔の顔面へと叩き込む。腕の周りを旋回していた暴風が一陣の風となった。拳のインパクトの衝撃に加えて更に渦巻く風が強烈な二撃目となって撃ち込まれたのだ。
「ごはぁっ!」
暴風を纏った拳を撃ち込まれた悪魔は、此度はさすがに堪え切れずに後方へと吹き飛び、湖へと突っ込んだ。激しい水飛沫が舞う。しかし、それほどの強烈な一撃をお見舞いされたにも関わらず、悪魔はすぐさま翼を羽搏かせて空中へ跳び上がり、此方へと突進してくる。
やはり生身の打撃ではそこまでの効果は見込めないらしい。ダメージはそれなりにあるようだが、致命傷には至っていない。カリナは徐々に悪魔に叩きつける自分の拳が痺れて来るのを感じていた。悪魔の頑強な硬皮に対して生身の拳ではやはり限界があるのだと実感せざるを得ない。
それでもかなりの収穫はあった。この小さな体では全ての攻撃が相手の視界の下から繰り出される。更に懐にも深く潜り込み易い。相手にとっては相当にやりにくく感じるはずである。そして侯爵相手にまだ一度もまともな攻撃を喰らっていない。このことはカリナにとって大きな自信になった。だが、このままでは無尽蔵の膂力を持つ相手に消耗戦である。下手をすれば自分の体力が先に底を尽く可能性もある。
「収穫はあった。そろそろ勝負を急がせてもらうぞ。魔眼解放、
真紅に染まっていた両目の、左目のみが更に変化する。魔眼解放。過去のクエストの報酬と自分の戦闘スタイルに合わせて取得した上位のスキルである。
白目が黒く染まり、真紅だった瞳孔が黄金の光を放つ。その視界に収められた者は自由を奪われ、麻痺の状態異常を付与されるというカリナの奥の手である。敢えて敵を遠くまで吹き飛ばしたのはこれが狙いだった。
「ぐおおおおおおっ!!? な、何だこれは……!?」
地底湖の岸辺に辿り着こうとしたイペスは体を縛り付ける魔眼の威力に飲み込まれ、そのままドサリと落下した。バチバチという束縛の音が響く。
「さて、話を聞かせてもらうぞ。王とは誰のことだ? お前達悪魔は何が目的で動いている?」
「う、うぐおおおおおおおっ!!! 調子に乗るなあああっ!!!」
麻痺束縛の魔眼を受けてもなお、その場でレジストしようと全身に力を入れる。さすがは上位悪魔といったところであろう。その束縛が指から手、腕へと徐々に解除されていく。
「腐っても上位悪魔ということか……。このまま魔眼での束縛で拮抗し合っても無駄なようだ」
「カカカカッ、貴様が如何に小賢しい手を使おうが、我が肉体には致命傷にはならん。この束縛が切り札なら、この効果が途切れたときが貴様の最期よ!」
「ならば仕方ない、更に奥の手を使わせてもらう。致命傷は覚悟するんだな」
これまでの素手での格闘でもある程度削ることはできたが、やはり致命的な一撃を与えるには至っていない。それでもカリナにはその頑強な硬皮を破壊する手段が残っている。
「開け、黄道十二宮の扉よ! 獅子宮から顕現せよ、黄金の獅子よ!」
カリナが頭上に手を翳すと、巨大な黄金の魔法陣が展開され、ダンジョンの暗い空間に黄金の光が降り注ぐ。そしてカリナの目の前には黄金の鎧を身に纏ったライオンの姿があった。
「召喚に応じ参上致しました。我が主よ」
「ああ、久し振りだな、カイザー」
「そうですな……。100年の年月は短いものではありませんでした」
物陰から見守っていたシルバーウイングの面々は更に高位の存在を召喚したカリナに目を奪われていた。その前には魔眼を発動させ、悪魔の動きを一時的に封じるなどという荒業をカリナは披露したのである。最早単純な驚きだけではなかった。一体次は何を見せてくれるのだろうかと、彼らの反応は最初の不安から、今や期待へと変化していたのである。
「何あれ……? 黄道十二宮の扉?」
「あの嬢ちゃんの力はどこまでなんだ……?」
「とんでもない魔力を感じます。先程のワルキューレのときもそうでしたけど……。カリナちゃんの召喚士としての力は底が見えない」
「黄金の獅子かよ……、すげえ力を感じるぜ!」
エリアが、アベルにセレナにロックが次々に感嘆の声を上げる。祈るように見ていたヤコフもカリナが見せる戦いに心が昂るのを感じていた。
「何だ、この異常な力は……? 小娘、貴様はどれほどの力を秘めているのだ?!」
カリナはニヤリと不敵に笑うと黄金の獅子に命じる。
「私の身体を纏え、カイザー!」
「承知したぞ、我が主よ!」
カイザーが輝くと同時に黄金の鎧へと姿を変える。それが光の渦となってカリナの身体を覆っていく。そしてその光が霧散したとき、そこには黄金の獅子の形を模した鎧を身に纏っているカリナがいた。
全身を覆う黄金の輝きを放つ鎧。ショルダーアーマーにブレストプレート。スカートの様に展開されたウエスト全体を守るパーツに、両腕を覆うガントレット。膝上までをガードするレッグガード。そして獅子の
「な、何だ……? その姿は一体? 召喚体を身に纏うだと? そんな存在がいるというのか?」
「知らなかったのか? これが召喚獣と真に心を通い合わせた者が身に纏うことができる鎧、
イペスの質問に答えたカリナは左拳を握り、召喚獣の精霊力を一点に集中させる。
「死ぬなよ。情報が聞き出せなくなるからな。さあ受けろ、黄金の獅子の牙を!」
「ぐおおおおおおっ! こ、これはー?!」
繰り出された拳から幾重にも交差する光の筋が放たれる。その一つ一つを確実に捉えて回避することなど不可能に思える程の超高速の拳がイペスを飲み込む。
「プラズマ・サンダーボルト!!!」
放たれた光の筋一本一本が、それに触れたイペスの身体を紙切れのようにズタズタに引き裂いて行く。大鎌は弾き飛ばされ、身に纏っていた赤黒い頑強な鎧は粉々に破壊された。光に触れた肉体の部分には無数の裂傷が走り、黒い血液が噴水のように噴き出していく。カリナから放たれた光が消えた時、目の前には大の字になって倒れた悪魔の姿があった。
「がはっ、何だ今のは……? ただ何かが光っただけにしか見えぬとは……! それにあの瞬間感じたのは恐怖だとでもいうのか……」
背中から力なく倒れたイペス・ヘッジナは最早動くことはできなかった。それでも
「勝負あったな。最早動けまい」
「お、おのれ……、人間如きに我が負けるなど……」
自分の敗北が信じられないのであろう。それでも最早自力で動かすことのできない身体が、自身の負けを物語っていた。悪魔侯爵であり、圧倒的な膂力と魔力を持っている自分がたかが人間の少女に敗北したのである。倒れた自分を見下ろす少女が果てしなく巨大な存在に見えていた。
「ク、クカカカカッ! まさか、この我がこんな人間の小娘に敗北するとはな……。いいだろう、その勇気に免じて質問に答えてやろうではないか」
黒い血液を身体から噴き出しながら、悪魔が敗北を認めた。これで漸く質問の答えが得られると思い、カリナは悪魔に問いかける。
「悪魔侯爵イペス・ヘッジナよ、貴様の主、王とは誰のことだ? 貴様ら悪魔は何の目的で動いている?」
「我らは各地で力ある人間共からその力を奪い、あのお方の復活に向けて動いている……。今も我の仲間の悪魔が近くの街を襲撃する手筈になっているはずだ。そして、我が主とは……」
イペスが主のことを言おうとした瞬間、その体が突如として青白い炎に包まれる。カリナはこの悪魔が最後の力で自害したのかと思ったが、イペスはその炎の中で苦しんでいる。どうやら勝手な情報が漏れない様に何かが仕掛けてあったのだろう。
「ぐおおおおおおっ!? 何故だ、勝手に我の身体が燃えていく! クカカカカッ、そうか、口封じということか!」
「何だ? 何が起こった? 貴様の主とは誰だ!」
「■■■■■……! クカカカカッ、喋ることもできぬとは。召喚士カリナよ、気を付けるがいい。我が主は部下である我のことすら信用してはいないらしい。さらばだ、貴様が我らの王に挑む資格があるのか、地獄で見物させてもらおう」
そう言うと、嘲るような笑い声と共に悪魔侯爵であるイペス・ヘッジナは完全に炎に包まれて消えた。残されたのは悪魔の身体の核になっている紫に輝く巨大な魔力結晶と、鋭い二本の角に数本の爪だけであった。
テントの中には重苦しい沈黙が流れていた。 支部長のノードが、椅子に縛り付けられた『ヴォイド・リチュアル・サンクトゥム』の兵士を見下ろし、低い声で問い詰める。「さて、単刀直入に聞くぞ。お前達の目的は何だ? なぜ精霊を狙う?」「……フン、殺せ。喋ることはない」 男は頑なに口を閉ざす。その瞳には狂信的な光が宿っていた。カリナはその様子を少し離れた場所から観察しながら、通信機越しにカシューと小声で話す。(カシュー、聞こえるか? 今、敵の兵を捕らえて尋問中だ。音声はそっちにも流す)(了解。それにしても、随分と口が堅そうな相手だね) 通信機越しにカシューの声が響く。カリナは小さく頷くと、尋問に行き詰っているノードの横に進み出た。「代わろう。私が聞く」「カリナ嬢ちゃん? しかしこいつは……」 ノードが戸惑うのを手で制し、カリナは捕虜の男の前に立った。そして、冷徹な視線で男を射抜く。「お前は、自分達の組織が悪魔と繋がっていることを知っているのか?」 その言葉が放たれた瞬間、男の表情が凍り付いた。「あ……悪魔、だと……?」「そうだ。以前、私が半殺しにした影霊子爵ヴァル・ノクタリスが言っていたぞ。お前達の組織のトップは、『災禍伯メリグッシュ・ロバス』だとな」 カリナがその名を告げると、男は顔を真っ赤にして激昂した。「貴様! 気安くあのお方の名を呼ぶな! メリグッシュ・ロバス様は、この腐った世界を『虚無の儀式』によって浄化し、あるべき姿に戻してくださる崇高な指導者だ! 悪魔などという穢れた存在と一緒にするな!」 男の反応を見て、カリナは確信した。やはり末端の構成員には、トップの正体は伏せられているのだ。「崇高な指導者、か。滑稽だな」 カリナは冷ややかに鼻で笑った。「教えてやろう。お前が崇拝しているそのメリグッシュ・ロバスの『災禍伯』という称号は、ただの飾りじゃない。魔界における爵位だ。そいつは正真正銘の悪魔なんだよ」「う、嘘だ! デタラメを言うな!」「嘘かどうかは、あの世で確かめればいい。もっとも、悪魔に魂を売ったお前が行ける場所があるかは知らないがな」 カリナは冷酷に言い放つと、隊員に合図を送った。「隊員、拘束しろ」「了解にゃ! 影よ、鎖となりて縛り上げるにゃ! アストラル・バインド!」 隊員が発動した魔法により
「うわぁ、凄い流れですにゃ。落ちたら溺れるにゃ」「泳いでいくしかなさそうだな。だが……」 カリナは自身の服――メイド隊が丹精込めて作った猫耳フードのローブを見た。この激流に服を着たまま飛び込めば、水の抵抗で動きが鈍るし、何よりこの服が台無しになってしまう。ルナフレアは「側付き」としてカリナに尽くしてくれているが、その愛が重い分、服を粗末に扱うと後が怖い気がする。「脱ぐぞ、隊員」「へ? ここでですかにゃ?」「ああ。濡れた服は重りになる。それに服をダメにしたらルナフレアに何を言われるか分からん」 カリナは躊躇なくローブとインナーを脱ぎ捨て、全裸になると、それらを素早く畳んでアイテムボックスに放り込んだ。隊員も自分の装備をしまう。「しっかり掴まってろよ!」「はいにゃ!」 カリナは裸のまま隊員を胸に抱くと、助走をつけて暗い水面へと躍り出た。 バッシャァァンッ!! 突き刺すような冷たさが全身を包む。流れは速いが、カリナの身体能力ならば制御不能というほどではない。彼女は水流に身を任せつつ、出口を目指して激流に流され続けた。 ◆◆◆ 数十分後。暗い水路の先に光が見え、カリナ達は勢いよく外の世界へと吐き出された。 ザバァァァッ! 顔を出したのは、世界樹の森の一角にある静かな泉だった。結界の外に出たようだ。カリナは浅瀬に上がり、濡れた髪をかき上げた。太陽の光が濡れた肢体を照らし、水滴が真珠のように白い肌を滑り落ちる。「ぷはぁ、冷たかったな。風邪を引く前に拭かないと」 アイテムボックスからバスタオルを取り出し、隊員と自分の水気を拭き取っていると――不意に背後の茂みが揺れ、人の気配がした。「……誰だ」 カリナはタオルで身体を拭きつつ、鋭い視線を向ける。そこに立っていたのは、深緑のローブを目深に被り、顔を隠した男だった。男は一瞬息を呑み、呆然とカリナを見つめていたが、やがて低い声で尋ねてきた。「……お前は、精霊か?」 森の奥深く、清らかな泉に佇む全裸の美少女。その神秘的な光景に、男は人ならざるものを見たような錯覚を覚えたようだった。だが、カリナは冷静に首を横に振る。「いや、私は冒険者だ」「隊長は最強の召喚士にゃ、控えおろうにゃ」「……そうか。すまない、あまりにも精霊のように美しかったもので、見間違えたようだ」 男はフードの下でバツが悪
一夜明け、ザラーの街に清々しい朝が訪れた。窓から差し込む陽光に目を細めながら、カリナはベッド脇の例の「メイド隊からの衣装」セットの二つ目を取り出した。「……さて、今日の『着せ替え』はなんだ?」 恐る恐る広げたその衣装を見て、カリナは天を仰いだ。「あいつら……本当に森に行く気があるのか?」 そこに入っていたのは、白を基調とし、鮮やかな黄緑と黄色のリボンやフリルがあしらわれた、体のラインが出るタイトなローブ。しかもフードには、ふっくらとした「猫耳」がついている。インナーは紫に白と黒のデザインが施されたシックなワンピースだが、足元はガーターベルト付きの白いニーハイソックスに、黒地に白いラインが入ったショートブーツという、絶対領域を強調するような組み合わせだ。「防御力と動きやすさは最高級の素材らしいが……この猫耳は必要なのか? 完全にコスプレじゃないか」 ブツブツ文句を言いつつも着替えて鏡の前に立つと、そこにはあざといほどに可愛い「猫耳魔法少女」が完成していた。悔しいが、サイズも完璧だ。「ま、誰も見てない森の中だ。我慢するか」 フードを被って猫耳をピコピコさせながら、身だしなみを整えて隊員と共に階下へ降りる。「おはようございますにゃ、隊長。今日もバッチリ可愛いですにゃ」 「うるさい。行くぞ」 食堂に降りると、女将さんが満面の笑みで駆け寄ってきた。「おはよう、英雄さん! 昨日はあんたのおかげで、夜遅くまで祝杯を挙げる客で大忙しだったよ! 街を救ってくれて本当にありがとうねぇ」「いや、私はただのきっかけだ。皆が頑張ったからだよ」「謙虚だねぇ。さあ、今日はサービスで特盛にしておいたよ! しっかりおあがり!」 出された朝食は、厚切りのベーコンエッグに、山盛りのサラダ、そして焼きたてのパンと具沢山のスープ。カリナと隊員は感謝してそれを平らげ、エネルギーを充填した。 宿を出て、人目が少ない場所でペガサスを召喚する。カリナは猫耳フードを抑えながら天馬に跨り、北西の空へと舞い上がった。 ◆◆◆ ザラーの街を離れ、しばらく飛ぶと、眼下の景色は荒野から深い緑へと変わっていった。 『世界樹の森』。 その名の通り、視界の果てまで続く樹海だ。そしてその遥か彼方には、雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹――世界樹が鎮座している。「でかいな……。遠近感がお
「うおおおおおおっ!! 勝ったぞぉぉぉぉ!!」 「我々の勝利だ! アレキサンド万歳! 緑の戦女神、万歳!」 総裁バズズが燃え尽き、残った魔物の群れが霧散したのを見届けた瞬間、砦に詰めていた騎士達や冒険者達から、大地を揺るがすような歓声が爆発した。彼らは武器を放り出し、兜を脱ぎ捨てて、戦場の中心で悪魔の素材を回収していたカリナの元へと駆け寄ってくる。「すげえ……本当に一人で、軍勢ごと悪魔を倒しちまったぞ……!」 「なんて強さだ、それに近くで見ると本当にお人形さんのように可愛らしい……!」 「あの細い腕のどこにあんな力が……。まさに戦場に降り立った女神だ!」 血と土埃にまみれたむさ苦しい男達が、キラキラした尊敬の眼差しでカリナを取り囲み、口々に称賛を浴びせる。その中心で、カリナの肩に乗ったケット・シー隊員は、ふんぞり返るように胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔を晒していた。「ふっふーん! 見たのにゃお前達! これが隊長の実力にゃ! もっと褒めて、もっと崇めるにゃ!」 まるで自分が倒したかのような態度だが、誰もそれを咎めない。むしろ「何だこの猫可愛いな」と頭を撫でられ、満更でもなさそうだ。 一方、当のカリナは居心地が悪そうに頬を掻いた。「いや、戦乙女とか女神とか、そういうのは止めてくれ。私はただの冒険者だよ」「ご謙遜を! 貴女様は今日、間違いなくこのザラーの街を、いや、アレキサンドの危機を救って下さったのです!」 指揮官を務めていたアレキサンドの騎士団長らしき男が、カリナの前に進み出て最敬礼をした。「この武功、必ずや本国のアレキサンド国王陛下にご報告致します。貴女様のような英雄が訪れてくれたとなれば、陛下も大層お喜びになるでしょう。是非いつか、王都へもお越しください。国を挙げて歓迎致します!」「あ、ああ……機会があればな」 熱烈な歓迎ぶりに、カリナはタジタジだ。このままでは胴上げでもされかねない雰囲気を感じ取り、カリナは素早く空を見上げた。「では、私は報告があるから戻る。後は任せるよ」「はっ! この御恩は忘れません! 緑の戦乙女に栄光あれ!」「戦乙女に栄光あれ!!」 数百人の兵士達が一斉に剣を掲げ、勝鬨を上げる。その熱狂的な声を背に受けて、カリナは再びペガサスを召喚し、隊員と共に空へと舞い上がった。 太陽はまだ高く、まぶしい日差しが照り
ヒースの部屋を出てロビーに戻ると、そこは殺気立った空気に包まれていた。 負傷している者、装備を点検して飛び出していく者。怒号と悲鳴が飛び交う中、数人の冒険者が地図を囲んで深刻な顔で話し合っているのが耳に入った。「南西の防衛線が危ない! 急造の砦を築いて凌いでいるが、魔物の数が多すぎる!」 「正規軍の騎士団も限界だ。このままじゃザラーまで雪崩れ込んでくるぞ!」 彼らの会話を聞いたカリナは、迷わず彼らの元へと歩み寄った。「その南西の砦、私が加勢に行こう」 凛とした声に、冒険者達が振り返る。だが、彼らの目に映ったのは、フリルたっぷりの緑のドレスコートを着た、深窓の令嬢のような美少女と、二足歩行の猫だった。「はぁ? なんだお嬢ちゃん、迷子か?」 「悪いが今は遊んでる場合じゃねぇんだ。お人形さんごっこなら他所でやってくれ」 男達は呆れたように手を振って追い払おうとする。無理もない。この血生臭い状況に、カリナの姿はあまりにも不釣り合いだった。「遊びじゃない。私は冒険者だ。その砦に向かうと言っているんだ」 カリナが出口へ向かおうとすると、男達が慌てて立ちはだかった。「おい待て待て! 死にに行く気か!?」 「そこはピクニックに行く場所じゃねぇんだぞ! そんなフリフリの恰好で戦場に行ってみろ、魔物の餌になるだけだ!」 「悪いことは言わねぇ、家に帰ってママのミルクでも飲んでな!」「隊長は凄いのにゃ! お前達こそ控えおろうなのにゃ!」 彼らは本気で心配し、必死に止めようとしている。根は良い奴らなのだろう。だが、今は一刻を争う。カリナは懐からAランクのギルドカードを取り出し、彼らの目の前に提示した。「忠告は感謝する。だが、心配は無用だ。私はAランク冒険者のカリナ。組合長ヒースからも直々に討伐の許可を得ている」 黄金色に輝くカードを見た瞬間、男達の顔色が変わり、ロビー中がどよめいた。「え、Aランク……!? この歳でか!?」 「ま、待てよ、カリナって……あのルミナス聖光国を救ったっていう、エデンの凄腕召喚士か!?」 噂はここまで届いていたらしい。彼らの表情が、驚愕から縋るような希望へと変わる。「あんたがあの英雄なのか……?! 俺達じゃどうにもなんねぇ数なんだ! 頼む、仲間達を助けてやってくれ!」「ああ、任された。吉報を待っていてくれ」「任せておくにゃ」
エデンを飛び立ち、ペガサスに乗って北西へ。眼下には雄大な景色が広がる。高度が上がるにつれ風は冷たくなり始めていたが、ペガサスの発する魔力の加護と、ルナフレアから渡された厚手のコートのおかげで、空の旅は快適そのものだった。 やがて右手遠くに、堅牢な城壁に囲まれた巨大な都市が見えてきた。無数の塔と城壁が幾重にも連なる、武骨ながらも美しい石造りの国。「あれが初期五大国の一つ、今の騎士国アレキサンドか……」 かつてゲーム時代、メインキャラであるカーズも、そしてこのサブキャラであるカリナも、冒険のスタート地点として選んだのがこの国だった。騎士や剣士など、物理防御と攻撃に特化した兵科を多く輩出する国。兄設定であるカーズがカシュー達とエデンを建国するずっと前、初心者時代に剣の腕を磨いた場所でもある。懐かしい景色に目を細めつつ、カリナはそこを通過し、さらに西へと進路を取った。 何度か地上に降りてペガサスを休ませ、隊員と軽食をとりながら進むうちに、太陽は西の地平線へと沈みかけ、空が紫と茜色のグラデーションに染まり始めた。「隊長、そろそろ日が暮れますにゃ。お腹も空いたにゃ」「そうだな。夜間の飛行は視界も悪いし、今日はこの辺りで宿をとろう」 カリナは眼下に見えてきた街の近くにペガサスを降ろした。労いの言葉と共に送還し、隊員を連れて徒歩で街の南門へと向かう。 見えてきたのは、高い石壁に囲まれた街。近づくにつれ、カリナは違和感を覚えた。記憶にあるここ「ザラーの街」は、ゲーム開始直後のプレイヤーが集まる、のどかで開放的な初心者用の街だったはずだ。 だが、目の前にあるのは、無数の傷跡が刻まれた分厚い城壁と、物々しいバリケード。100年という時は、平和だった始まりの街を、魔物の脅威に晒される最前線の拠点へと変貌させていたのだ。 石造りの門の前には、二人の兵士が立っていた。槍を持ち、アレキサンドの紋章が入った鎧を着ているが、その眼差しは鋭く、妙に殺気立っている。「止まれ。これより先はアレキサンド領ザラーの街だ。身分証の提示を」「ああ、冒険者だ」 カリナは首に掛けていたギルドカードを外し、兵士に手渡した。兵士は事務的な手つきでカードを受け取り、そこに刻まれたランクと名前を確認する。そして次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。「えっ……Aランク!? それに、名前はカリナ……